お盆のお墓参りで祖父母の事を想い、今ある自分に感謝しました。私は子供のころ大のおばあちゃん子でした。

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お盆のお墓参り

お盆休みも終わった方、明日までという方、いらっしゃると思います。

お盆といえば、お墓参り・・・今年も実家のお墓参りに行ってきました。祖父母、ご先祖様が眠るお墓に色鮮やかな菊の花を供えて、手を合わせ、「家族みんな健康に過ごしています。ありがとうございます。」と感謝の報告をしました。

今日は私の大好きだったおばあちゃんの事を書きます。

 

 

私が子供のころ、両親は毎日忙しく、夜遅くまで仕事していることもしばしばでした。両親の代わりに私たち3人兄弟を育ててくれたのが祖母でした。私の小さい頃の思い出といえば、祖母と一緒に旅行に行った事や、祖母の手料理、祖母の口癖など、今思うと本当におばあちゃん子だったのです。

祖母は、昔で云う「ハイカラ」な人でした。というか、よく自分で「私はハイカラだから・・・」みたいなことを話してました。確かに、どちらかというと、新しいものに興味を持ち、どんどん取り入れていくような性格でした。

子供が大好きで、私たちの友達をしょっちゅう家に呼んで、得意の「ホットケーキ」を焼いてくれました。今では、ホットケーキの素がありますが、その頃はそんな便利なものはなかったと思います。当時には珍しい西洋っぽいお料理にも挑戦して、たまに失敗することもあり、そこがまた可愛かったなと今では懐かしく思い出します。

健康志向も強く、ある時、誰に聞いたのか、何を見たのかしりませんが、玉子の殻は良質なカルシウムだからといって粉々にして、それをご飯に混ぜて夕飯の食卓に玉子の殻ご飯が出てきたのです。おそるおそる口にしましたが、とても食べられるものではありませんでした。お百姓さんには申し訳ないのですが、玉子の殻ばかり口の中でざらざらして、今でも忘れられない不味いご飯でした。家族みんなに責められる祖母がなんだか可哀そうでした。今では笑い話です^^

学校が休みになると、必ず電車でどこかに連れて行ってくれたおばあちゃん。

腰が曲がってまっすぐ立てなくなって、いち早く手押し車(乳母車?)を買ったおばあちゃん。

裁縫が得意で、着物のリメークをしたり、時には、人に教えていたりしたおばあちゃん。

そんな祖母ですが、亡くなる何年か前に脳梗塞で倒れ、寝たきり状態になってしまいました。その時は本当に哀しかった・・・一番大変だったのは、母でした。そんな時文句も言わず一生懸命介護をする母の姿を見て、子供ながら「母はすごい!」と思いました。昔から母と姑である祖母から、お互いの小言をほとんど聞いたことがなく、どちらも感謝し合っている・・・子供ながらそう感じていました。

だから、私の一番尊敬する人たちは、母と祖母なのです。

生前の祖母は、結構実家や会社周辺の草むしりを暇があればしていました。結構広い敷地なのです。1周すると、また最初のところに草が生えているとぶつぶつ言いながら・・・ 現在、それと同じことを母がしています。誰が何をいうわけでもないのに、無意識に同じ行動になるようです。

祖母との想い出は数え切れないくらいです。生前、祖母が大事にしていた梅の花が彫られた指輪を祖母の形見として持っています。生きていたころから、「私が死んだら、これをあげるね」と私に話してくれていた大事な指輪です。

淡い綺麗な色が好きだった祖母のために、白や黄色の菊の他に、ピンクの菊も供えてきました。

「おばあちゃん、約束通り、おばあちゃんの指輪、大切に持っているからね。私たちの事見守っていてね。」

投稿者:

ooishi

実家の漆器屋で働いているワーキング主婦。夫と二人の子供の4人家族です。 仕事や趣味を思いっきり楽しむために、日頃興味のあることをこのブログに綴っています。

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